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★ セネガルこぼれ話 ★



★セネガルタイムの話★
待っても来ない。すぐ来るといってこない。明日というのは翌日という意味ではない。車が発車しない。窓口が時間になっても開かない。係のおばちゃんが居ない。やたら待たされる。とにかく、いろんなことが予定通りにはいかない。そういう時の流れを僕ら日本人は「セネガルタイム」と呼んでいる。最初はかなりのストレスに成りうるが、やがて慣れてしまう。みんな日本の時間に戻れるか不安になってしまう。。

★お~寒いの話★
セネガル(ダカール)にも寒い時期がある。1月から2月くらいにかけて。多くの人はジャンパーを着込み、外で夜を過ごすガードマン達はフードも被って「お~寒い」と炭をたいている。僕らにしてみると、半袖だとちょっと寒いな。と思う程度なんだけど。でも、たしかに体が適応してくるのかもしれない。僕も、昨年よりも今年の方がずっと寒く感じる。 といっても最低気温17度、最高気温28度くらい(内陸は+5℃くらい)だけど。。

★降りた?!の話★
乗合バスの車体後部の乗降口のドアは常に空きっぱなしなので、走行中も自由に乗り降りしてもいい。できる人は。
全速力で走ってきて追いついて飛び乗るあんちゃん。走行中にポンッと飛び降りてすったったったと平気な顔して去っていく少年。僕にはちょっと無理。

★屋根の穴の話★
乗合バス、屋根の鉄板は錆びて穴があいている。雨はめったに降らないのでいいのだが、ヤギを荷台に載せている時、注意。おしっこ&う○こがたれてくる。。

★手を貸そうの話★
乗合バスの車内、荷物をたくさん持ったおばちゃんがどっこいしょっと乗ってくる時、ちびっこが乗り降りする時、ちょっと手を貸そう。女性や子供が乗り降りしている時にいきなり走り出さないように、運転手に待てと言おう。
誰ともなく、みんながそうしている。この優しさが僕は好きだ。

★ぺろぺろぺろの話★
一般的な家庭では手で食事をすることも多い。大皿をみんなで囲んで右手で上手にすくって食べる。おなかが一杯になったら、手をぺろぺろぺろと舐めてきれいにする。

★体温計は使えない?の話★
体温を測ろうとふと体温計を見てびっくりする。既に40度以上!あちち。

★窓から顔を出さないでの話★
列車の窓から顔を出さないで!危ないよ。おばちゃんは子供が用を足し終えたおまるを、おもむろに窓からビシャッと撒き散らす。キケンキケン。。

★1分2分5分の話★
「お待ち下さい、すぐ戻ります」どんな国でもよく使う表現だろうけど、セネガルには3通りの言い方がある。「1分待って」=数分以内に来る。「2分待って」=かなり長時間待たされる。「5分待って」=多分来ない。。

★うわーっ!の話★
子供たちは庭で、広場で、路地で、どんなとこでもサッカーをしている。たいてい地面は砂地だが、瓦礫やゴミやいろんな物が散乱している。そして、靴を履いていないちびっこも多い。で、サッカーのプレイ中何かをふんづけて「うわーっ!」と痛がり転げまわるが、2秒後には元気に走り回っている。。

★道端の集会の話★
「おいおい通れないじゃないか!」車の運転手はぼやくが、仕方が無い。道幅一杯にテントを張り、集会をしているのだ。宗教的な集まりのこともあれば、地区のお祭りのこともあるし、個人の結婚式の場合もある。
道路使用許可がどうとか、僕は知らないけど、でもきっと勝手にテントを広げてると思う。

★月末の支払の話★
セネガルの月々の給料日はだいたい25日過ぎのようで、この時期の公共料金支払窓口は尋常でない混み方をする。電気、電話は2ヶ月毎に窓口に直接支払いに行く必要があるのだが、混雑時に行くと、数時間は待たされる。
請求書が届いたら速やかに、給料日前に支払に行くのがコツ。

★出発は未定の話★
都市間の移動で利用される一般的な交通が乗合バス。小型のマイクロバスくらいの大きさの車両に、40人くらいがぎっしり詰め込み方式で乗る。ほとんど身動きできないくらい。
で、満員にならないと出発しないので、ぎっしり満員になるまでひたすら待つ。何時間でも。。

★冷やかしおじさんの話★
乗合自動車のターミナルなど、人が集まるところには、物売りの人たちもたくさん居る。バナバナと呼ばれる彼らは実にいろんな商品を売っている。車の出発待ちの時など、暇なおじさんは彼らの商品を手にとり、品定めする。しているフリをする。ラジオを聞いたり時計をいじくったり新聞を読んだり。全部商品なのに。で、とんでもない低価格で売れと無理を言い、物売りを追い払う。こういう事をするのはたいていおじさん。僕は「冷やかしおじさん」と名付けた。

★立つ時注意!の話★
道端には各種の屋台が並んでいる。昼食や朝食用、お茶用など様々だ。腰掛けるベンチは木製の長いす。数人が並んで座れるやつ。で、立ち上がるときに気をつけないと「高木ぶー」になってしまう。隣に座っていたおじさんが君のせいでひっくり返ってしまうのだ。。これは気まずい。「立ちますよ」と声を掛けてから立ち上がるのがマナー。

★頭を使って運ぼうの話★
おじさんもおばさんも大人も子供も、みんな物を運ぶときは頭に載せる。空のバケツとか、手で運んだら?と思うようなものまで、頭に載せる。しかもみんな上手。車をひょいひょいっと避けながら、道路を渡っていく。水を張ったたらいとか、バナナのたくさん入ったダンボールとか、とても重いものの載せ下ろしは、他人に手伝ってもらう。特におばちゃんが上手だと思う。大通りを見渡すと必ず何人か大きなたらいを頭に載せてのしのし歩いているおばちゃんを見る。いやー、すごい。

★授業中にお祈り!?の話★
仏語の授業中、途中でふらふらーっと出て行く人が居る。っていうか、みんな出て行っちゃう。どうやらイスラムのお祈りの時間らしい。どうやら学校などでもそうらしい。まあ、宗教や習慣だからそれが普通なのかもしれないけど、フランス人の先生も最初びっくりしていた。

★言っちゃったの話★
「ワライクンサラーム」あ、言っちゃった。
食堂で飯を食べているとき、乗合自動車の出発待ちのとき、いつでもどこでも「アッサラームアライクン」と言いながら誰かが入ってくるんだけど、ぼうっと考え事をしていたりしても、自動的に口が「ワライクンサラーム」って答えちゃうんだよね。はっとそんな自分に気づいたときに適応してるんだなあと、なんだかくすぐったい気分になる。

★ゴミはどこへ?の話★
ほとんどの人が、容赦なくゴミを捨ててしまう。「ポイ捨て」なんて生易しいものではなく、大きなたらいでドサーっとそこいらにぶちまけてしまう。車に乗っていても、ポンポンぽんぽん窓から放り捨てる。
セネガルにはゴミ処理場はまだない。人口100万人を越す首都ダカールでさえ、ある地区をゴミ集積場と決め、野焼きをしている状況で、分別収集はせず全てのゴミがいっしょこたである。

★お茶ですよの話★
たいていの人が、昼休みにはお茶をする。
昼休みに限らず、夕方や夕飯後のおしゃべりの時間などにもお茶を入れる。お茶をたてること自体にイベント性があるように思える。
集団の最年少の男性が、お茶を立てて年上の順から回し飲みするのがしきたりのようだ。茶葉は中国産の緑茶。とても濃くたて、びっくりする程多量の砂糖を入れて、小さなガラスのコップに入れて、2つのコップに交互に移し替えて泡を立て、「ズズッ」っとすする。10ccくらいだろうか。それを順繰り順繰りに全員に回して飲む。
1時間以上かけてゆっくりとお茶を飲み、世間話をする。この時間の流れ方に、アフリカの雄大さを感じる。。

★ぐじゃぐじゃのお札の話★
セネガルのお札は”ぐじゃぐじゃ”だ。真っ黒に汚れていて絵柄が見えないくらいなのも多い。そして、なぜかしっとり濡れている。えもいわれぬ匂いがする。
支払いのとき、ごそごそと下着の中からお札を取出すおばちゃんも多いようで。
きれいな紙幣はめったに見ることができない。。

★びっくらこいた~の話★
驚きの表現方法その1「いーっ!」(胸の空気を搾り出すように)。その2「しぇーってってって!」手で口を押さえながら。老若男女を問わず、びっくりしたときや理不尽なことを言われたときの反応。使用例「これいくら? - 1,000F - いーっ!」「あいつ新しい彼女が出来たらしいぜ - しぇーってってって!」こんな具合に頻繁に利用される。セネガルの協力隊員も、すぐに「いーっ!」なんて自然に出るようになっちゃうんだよね。

★人のせいにするなの話★
「お前が居ないからだ」「お前がやったからだ」「お前が・・」人のせいにするな。って、愚痴をこぼしているように思われるかもしれないけど、何かしら失敗ごとがあるとすぐに人のせいにする。確かにとっさに責任を回避することはひとつの手段ではあるけど。何を言い出すんだ?と思うようなことがここではよくあるが、ここは日本じゃないし。

★匂う映画館の話★
セネガル人は映画好きだと思う。結構な田舎の町に行っても映画館があったりする。見た目は営業してるのか?と思うような建物だけど、上映時間(たいてい夕方以降)になると、ぱらぱらと人が集まってくる。屋根に穴が開いてて星が見えたり、そもそも屋根のない青空映画館で白い大きな壁に映し出すなんとも風流な劇場も見つけた。
アクション映画がやはり人気のようで、観客一体となって喜んだり野次を飛ばしたりする。結構楽しめる。
ただ、1つ気になることを挙げるとすれば、匂うことだ。そう、便所の匂い。臭いか。

★君の物は僕の物の話★
たとえば今置いた新聞をぱっと持っていかれてしまう。机の上に置いたボールペンもぱっと使われてしまう。盗むとか返してくれないという訳ではないが、勝手に使われてしまう。目の前に僕が居て、僕のものとはっきりしてるのだから、一言「貸して」と言えばいいのに。せめて「あ」とか「う」とか。

★ごちそうさまの話★
一般的なセネガル家庭では、食事の時、大きなお皿(たらいのような)を家族で囲んでしゃがんで食べる。
食べ始めは「アイチャ、ビシミライ(ほれ、いただきます)」とか言うけれど、食べ終わりはあっけない。何も言わずにすっと立ち去る。それに対してまだ食べている人は「フォイデム?レッカル!(どこ行くんだ?もっと食え!)」と留めようとし、「スールナ(おなかいっぱいだ)」と立ち去る。立ち去るタイミングを誤ると、大皿の自分の食べるべき領域にどんどんご飯を押し寄せられ、食べ終わることが出来ない。テクニックは、腹5分目くらいのときに「スールナデ(腹いっぱいだよ)」と言っておき、抜け出るタイミングを計り、サッと大皿から離れる。
食べてる人がまだ居るのに立ち去るのは気がひけるが、こうするのが習慣。
そして、少し離れた場所でボウルの水で手を洗い、最後に水を飲む。食事中は飲まない。「カレーと水」で育った僕は、食事中も水が飲みたいなあ、といつも思うけど。

★お釣りは無いよの話★
買い物する時、食事をする時、タクシーに乗る時など、小銭&小額紙幣を用意しておくこと。
買い物額に対して、大きな額を渡そうとすると「お釣りは無いよ」と断られる。若しくは「お釣りを探して来るから店番してな」と店の主人は出て行ったままなかなか戻らない。要するに、お釣りを用意してない店が多い。
お釣りが無いからみんなが細かいお金で支払えば、お釣りも出来るはず?とも思うのだが、どこへ行っても同様なので、とにかく無いらしい。
対策としては、大きな商店(スーパーなど)で高額紙幣を出したり、銀行で引出す時に両替をお願いしたりして、常に小額紙幣を増やすことに努めること。ただし銀行もなかなか手ごわい。窓口のおばちゃんは「今これしかないの」と、10枚しかない1,000F札を見せてくる。うそだ!銀行なのに・・。さんざん交渉して、やっと数十枚の小額紙幣をもらえればラッキーか。

★嵐が来るぞの話★
雨季、雨が降る季節である。ここセネガルには大きく分けて乾季と雨季の2つの季節がある。
雨季はだいたい7月~10月(Dakar)。ただし、日本の梅雨とはずいぶん違って、普段は普通にかんかん晴れているのだが、たまに、週に1~2度、来るのである。向こうの方に真っ黒い空が広がり(こちらはかんかん晴れ)だんだん近づいてくるのである。暗黒の魔の手といったところか(農業等してられる方はそうは見えないと思う)。嵐が来るぞー!っと、叫びたくなる。嵐はその雲の下に見えている。その黒い雲の下には、黒い筋が、ザーっという音が聞こえるかのようなはっきりしたやつが。
そしてとうとうやって来た。突如風向きが逆転し、扉が壊れるんじゃないかと思うほどの暴風雨。あっという間に道路は川のようになり、このままじゃやばい。と思った頃(30分間くらいか)、あっけなく止んでしまう。
すぐに太陽が顔を出し、道路は見る見るうちに乾いていく。
ふと遠くを見やると、今まで頭上にいた黒雲が次の獲物を探しに行ったのが見える。

★しゃがんでいる男の話★
よく見かける光景がある。荒野で、町で、男達はあっちを向いてしゃがんでいるのである。
でも、あまりじろじろ見てはいけない。実は、立ちしょんならぬ、しゃがみしょんをしているのだ。

★年末年始の話★
クリスマスや西暦でいうところの正月はセネガルの大多数を占めるイスラム信者にとって、特別な意味を持たないらしい。12月25日と1月1日は祝日となるが、単なる休日という雰囲気だ。
それでも、お祭り騒ぎをしようということとか、新年を迎える瞬間のダカールの独立広場は大勢の人々が集まり、花火や爆竹を打ち鳴らし、騒然とした雰囲気であった。
田舎での年越しはもっと静かに特に何事も無く過ごすようだ。
イスラム教徒にとっての新年はラマダン明けから約3ヵ月後(2003年3月初旬)。太陰暦によるので、毎年少しずつ日付が変化する。
年末年始の話と題したが、西暦にとっての年末年始の様子をこの国の年末年始の話とすることに、多少の無理があるのかもしれない。

★コリテの話★
新月から始まるラマダンは次の新月が見えると終了する。このラマダン明けの祭りが“コリテ”だ。
日本でいう正月のようなもので、週末を含み数日間祝日となる。親戚が集まり、出稼ぎに出ている人は実家に帰り、正装をしてモスケにお祈りに行き、鶏肉やご馳走を食べる。普段の挨拶のほかに「明けましておめでとう」に相当する言葉や「去年の一年間の無礼をお許しください」などの挨拶が追加される。
“コリテ”の週明け以降は、屋台やレストランも再開し、昼間の街にも活気が戻る。
僕もようやく昼飯にありつける。

★ラマダンの話★
イスラム教には1年に1度ラマダン(断食月)がある。1ヶ月間、太陽の出ている間には何も飲み込んではいけないというものだ。貧しい人の気持ちを知ることも目的の1つらしい。
日の出前にパンやらを食べ、朝のお祈りをしてラマダンを開始する。日中は唾すら飲み込んではいけない。自宅アパートには「エレベータ内に唾を吐くことを禁ず」という張り紙も登場。夕方になると、みんなそわそわしている様に見える。多くの労働者は、日没に間に合うように帰宅してしまう。新聞には公共機関や一般企業のラマダン中の営業時間短縮のお知らせが広告掲載され、夕刻の道路渋滞も普段よりも早まる。
普段の一連の挨拶には「ラマダンはどうだい?」「やってるよ」ももちろん追加される。
日没になると、街はにわかに活気を取り戻す。路地という路地に屋台のサンドイッチ屋やコーヒー屋、セネガル料理屋が現れ、みんないっせいに食べまくる(なぜか昼飯と呼ぶ)。このとき、「Dattes」という、ナツメを干したものを最初に口にする習慣があるようだが、これは国や宗派によっても違うようだ。そして夜寝る前にもたくさん食べる。ラマダン期間中のほうが食糧消費量が多いという話も聞く。
僕も1つの経験として真似をしている(週末は除く)。日の出前に起きるのは嫌なので、夕飯だけしか食べていないが、1ヶ月間くらいなら何とかなりそうだ。

★食べにおいでよの話★
セネガルでは、宗教の影響もあり、みんなで分け合おう。という精神が強い。余裕のある人が施しをするという考え方。
昼時によくある光景で、「カイレック」「ビアンマンジェ」と呼びかけられる。それぞれウォルフとフランス語で、「食べにおいでよ」。
食事中の人が食事をしていない人を見かけたら、こう呼びかる。道端の屋台で食べている人も多いので街を歩いていて、食事中の人に目が合うと、カイレックと言われる。「召し上がれ」といってあげると、丁寧に断ったことになる。その人の食事を一緒に食べることも当然可能。自分が屋台で食べてる時も同様。「食べにおいでよ」と言わないと、あとで、文句を言われることすらある。
自分だけで食べるのは「バフル=悪い」というか、誘いをかけないのは悪いことらしい。

★一夫多妻制の話★
1人としか結婚しない人ももちろんいるけど、2・3人の奥さんがいるのは、普通らしい。しかも、みんな一緒に住んだり、毎晩各奥さんの家を転々と渡り歩いたり、何十歳も離れている人と結婚したり。職場のおばちゃんたちは口をそろえて言う。「いやあねえ。」
文化、宗教の違いとはいえ、すごい違い。

★挨拶はきちんとの話★
アッサラームアライクン(こんにちわ)
ワライクンサラーム(こんにちわの返事)
セネガルでは、挨拶がとても重要である。どんなふうにかというと、「おはよう」だけでなく、家族のことや健康のことや、なんやかんやを質問しあう。このときに、名前をお互いに呼び合い、握手をしたり、腕を握ったり、時にはほお擦りをしたりする。そして、その人と、その日の2度目以降(例えば廊下ですれ違ったり、見かけたり)の挨拶も、握手をし、元気か?とかを言い合う。廊下をすれ違わなくても、この部屋は割といつも何人かいるので、素通りはせずに、意味もなく、挨拶のために入ってくる人も多い。
廊下をある地点からある地点まで進むのに、途中にドアがあるとガチャット開けて、元気してるか?仕事はどうだ?健康か?と挨拶を交わし、進んでいく。
だから、その度に作業を中断し、元気ですか?仕事はどうだい?と始まる。今日何度も会ってるのに。一日に何度も何度も同じことを言い合う。
PCトラブルなどが起きて、一生懸命言葉で伝えようとしていても、他の人が通りかかると、挨拶が始まるので、また説明し直しになる。
その人が誰かと話中であっても、無理やり割り込んで元気か?とやる。ちょっと気が引ける。でも、素通りしようとすると、怒られる。
話が外れるが、このことは買い物の時もそうで、これ下さい、いくらですか?とか店員とやり取りしてると、(もちろん、買い物の前にも一連の挨拶を交わす)関係ない人が、元気してる?これいくら?これ下さい。と割り込んでくる。客じゃない知人が通りかかると、元気か?家族はどうしてる?商売はどうだ?と、割り込んでくる。客の多い店では強引に行かないと、買い物もままならない。
日本でいうところの、廊下ですれ違う人に会釈するのと同じ頻度かな?。ただし、このことが悪いこととは思わない。すれ違う時に会釈するのと似てるし。それが文化なので、いいのだけど、慣れないといけない。

★膝かっくんの話★
セネガルでは、目上の人をとても敬う。敬意を表す印として、“両手で握手”と“膝かっくん”がある。前者は、男性が男性の目上の人に対して行う握手。右手で握手が基本だが、左手を右腕に添えたり、相手の手首を握ったり。そして後者は女性が目上の人(男女とも)に対して行う。握手の瞬間に膝をかっくんと曲げる。小さい女の子がかっくんと握手をしてくる姿はとてもかわいらしい。
そうそう、挨拶のときは椅子から立ち上がろう。

★ある道端での話★
ある日たまたまこんな光景を見た。
道端で雑貨売りをしている男が居た。その男に野良犬が近づいてきた。その男はその犬には見向きもせず、自分の水筒から水をジャバッと地面にこぼした。その犬は黙ってその水を飲み、去って行った。
この光景を見たとき、この国の本当の心を垣間見た気がした。

★朝の屋台の話★
朝、街の至るところに屋台が出る。
何種類かの屋台があるが、お気に入りはサンドウィッチとカフェトゥーバだ。
ポイントはカフェトゥーバにある。それがいったい何なのか、いまだにはっきり分からないところもポイントだ。どうやら、コーヒーに何らかの植物を混ぜたものらしい。その香ばしさは1度飲んだらやめられない。
セネガル流にずずっと音を立てて泡立ったそのカフェトゥーバをすすり、フランスパンにツナとマヨネーズを塗ってもらったサンドウィッチをほおばる。
朝になると、その通り沿いには何件も連ねてこんな屋台が出現する。店によって、パンに挟む具が羊肉の串焼きであったり、小豆を煮たようなやつであったり。おかゆに牛乳をかけたようなものも人気があるようだ。
出勤時間帯はどこも大忙し。立ったままがぶついているおじさんも居れば、お使いに出された少年が数本買って持ち去っていく。おじいちゃん達の社交場にもなっているようで、世間話をしながらのんびりカフェをすすっている。
そんな男達を相手に屋台のおばちゃんは常にマイペースでカフェを泡立てている。

★アフリカンドラムの話★
ジンベと呼ばれる西アフリカ独特の太鼓がある。バオバブという樹木の幹を胴にし、ヤギの革を張って、一斗缶大の大きさの太鼓にする。
それを右手に木の枝製のばち、左手の手のひらを使って、叩く。非常に情熱的な叩き方で、そばに居ると圧巻。
また、週末の夜などに開始される、ダンス大会のようなものは、男性が情熱的な太鼓を叩き、女性がその太鼓の前で踊りまくる。
その様子を表現するのは容易ではないが、それぞれを例えるなら、そう、小箱の中に閉じ込められた蜜バチが暴れている様子。そして踊りは、沸騰している鍋の底から沸いてくる気泡の様子。






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