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★ セネガル横断 国際列車の旅 ★


そういえば、子供の頃から僕は鉄道好きだった。近所の丘の上から一日中、列車が通り過ぎていくのを眺めていたり、夏休みにはスタンプラリーをしたり、山手線に乗って東京をぐるぐるまわったり。

セネガルに派遣されることが決まったとき、まず地図を広げてみた。地図を見ながら、どんなとこだろうと想像をふくらませた。そして、鉄道を示す記号があることにすぐに気がついた。
目を疑うくらいうれしかった。アフリカで鉄道旅行が出来るかもしれない。
セネガルがどんなところなのか、まったく見当もつかなかった頃は、今こうして列車で旅をし、食堂車のバーでセネガル人とマリ人とビールを飲みながら雑談を交わしている自分の姿は、想像することすらできなかった。

列車は快適にサバンナ地帯を進んでいる。窓からの風が運んでくる草木のにおいがとても心地よく、ゆったりとした気分にさせてくれる。

ダカール駅を出発してから、何時間たっただろうか、どこまでも草原地帯が続いている。列車の揺れと車輪の音がしなかったら、進んでいないのかと思ってしまうくらい、同じ景色がどこまでも続いている。時折、列車は街に入り、駅に到着するが、鉄道駅周辺は、国道周辺に比べて家も少なく、駅前といっても、何軒かの店や民家が見えるくらいのもので、列車が発車すれば、あっという間にもとの草原に戻ってしまう。

この、ダカール発バマコ(隣国マリの首都)行の国際列車は週に2便あり、時刻表によると、1泊2日で到着できることになっている。が、実際は2泊3日はかかるらしい。
今回の旅は、ダカールから約350km内陸のKounghel(クンゲル)という街まで。マリとの国境までの、ちょうど半分くらいのところだ。到着は時刻表より約2時間遅れたが、出発前に駅員さんと運転手さんに尋ねた時刻と、だいだいぴったりだった。

列車の切符は厚紙に行先や等級を印刷してある。裏には自分の座席番号が手書きで記入される。
切符の購入は乗車の前日にしなくてはならないが、窓口のおじちゃんは手際よく予約作業をしてくれる。予約作業といっても、列車の座席表の空いたところに、ぐりぐりと印をつけ、切符の裏側に座席番号を書き込むだけだが。

出発の直前、ダカール駅は人と荷物とでごった返している。
アクシデントに備えて、朝飯くらい食べておこうと思い、駅前の屋台でサンドイッチとコーヒーを胃に詰め込んだ。
改札口では、憲兵隊が一人一人切符をチェックし、回転ドア式のゲートを通過させてもらえる仕組みだ。さすがに国際列車だけあって、厳重なのだろう。同じここダカール駅発の通勤電車に乗ったときは、改札は無かった。

ホームで自分の乗る車輌を確認した後、先頭の機関車を見に行った。機関士さんは普段着だった。1982年カナダGM製(4200馬力)のディーゼル機関車は通勤列車のそれに比べて、程度も良く、よく整備されているようだった。編成は貨物車が4両と1等車1両を含めた客車は8両、13両編成ということになる。

列車は定刻どおり10:00に出発した。
車内はほぼ満席だが、座席は全席指定指定のため、問題はない。等級は1等(ベッド有無)と2等があり、僕は2等だったが、座席のスペースも充分あり快適だ。隣に座ったのは野戦服を来た憲兵隊。出張でタンバクンダまで行くらしい。よく見ると周には5・6人の憲兵隊が陣取っている。むさっくるしいが、治安の面では安心だ。

見慣れたダカールの街を抜け、草原地帯をしばらく走ると、列車はまもなくティエス駅に到着した。あの見慣れた駅の風景はもちろんそのままだった。
ティエスの街はセネガルに到着してから1ヶ月間語学学習とセネガルの生活体験のためにホームステイした街だった。
あの頃は、学校を終えて家に帰ると、バッグをほっぽり投げてすぐに家の前の道でサッカーをやった。その道は、といべきか、後にわかったことは、ティエスの街どころか、国中が砂に埋もれているため、サッカーをするには多少不便だが、路地という路地はみんな子供達がサッカーをしている。砂地に石ころを2つ置き、それがゴール。はだしでやっているため、たまに尖ったものをふんづけてはうぎゃあっと悲鳴をあげ、直後にまた走り出す。
毎日毎日サッカーをやった。
そして、暗くなってボールが見えなくなると、夕飯だった。
大きな皿に盛られたセネガル料理を家族皆でほおばる。子供達は育ち盛りのため、とても勢いよく食べている。僕も大人気ないが、勢いよく食べた。手で食べるのも少しうまくなった。
夕飯後の夕涼みに散歩に出かけるのが習慣だった。
兄弟皆で、毎日いろいろなところに探検に出かけた。
線路伝いに歩き、夜のティエス駅を探検した時だった。警備員さんに呼び止められ、ここは歩いちゃだめだと怒られた。理由は、治安が悪いからだそうだ。 確かに、夜の駅構内はシーンと静まり返り、真っ暗で、警備員さんの顔もよく見えないくらいだった。
また、あるときは、列車の操車場まで行き、修理に取り掛かっている機関車を見学させてもらった。今までトラックのエンジンばかり見ていたので、鉄道エンジンの大きさに驚いたものだった。
特に何を話すわけでもなく、穴があるぞ、こけるなよ。そんな、ことをつぶやきながら、セネガルの兄弟と線路の上をしばらく歩いた。
この街で、いろんなことを感じた。
今までしたこともなかったことを、いろいろした。
今まで考えもしなかったことを、いろいろ考えた。
僕にとって、ティエスとは特別な街だった。

そんなティエス駅を列車はゆっくりと出発した。
線路の状況が悪いのか、ところどころ、ゆっくりゆっくり進む。
車窓には相変わらずどこまでも広い草原が続いている。

トイレに立ったが、なぜか扉が開かない。
別の車輌に行こうとしたが、この扉も開かない。参ったな。
後でわかったことだが、開けるのにコツがあったらしい。
そうこうしている間に、列車は次の停車駅に到着した。
とても小さな駅だったので、乗り降りの人も、物売りに寄ってくる人もまばらだった。
僕は別の車輌に移動したかったので、いったん線路に下り、隣の車輌に乗ろうとした。あ、まてよ。乗車前に、先頭車両の方に食堂車があることを見ていたので、今だ。行ってみようと思いついた。
セネガルの列車は突然発車するので、早足に隣の線路の上を、先頭車両のほうに向かって進む。「Restaurant・Bar」と書かれた車輌は1等車の後ろに連結されていた。食堂車に乗り込むと、列車はすぐに発車し、あっという間に町を過ぎて辺りはまた草原地帯になった。
まず、飲みたかったのはビールだった。食堂車のBarは、どう見てもきれいとは表現できないが、背の高い椅子が4つ並び、カウンターのある立派なBarだった。バーテンのおじさんはマリ人らしい。たまねぎの入った大きな袋によっかかり、面倒くさそうにしている。お客はセネガル人のおじさんが二人。ビールを飲んでいる。ビールは1種類、マリ産の「Castel」だ。僕もビールを注文し、背の高いその椅子に腰掛けると、おじさん達が話し掛けてきた。
どこに行くんだとか、日本人がウォルフ語を話すぞ。わっはっは。など、くだらない会話ではあったけど、なんだかとても楽しかった。
次に食事をしてみることにした。まさか食堂車がついているとは思ってもいなかったので、ダカール駅で列車に乗る前にサンドイッチを食べたが、腹は減っていた。メニューは「マフェ」1種類しかないらしい。注文するとすぐに料理が出てきた。きちんとナイフとフォークが添えられている。普段食べているマフェとはずいぶん様子が違ったが、とてもおいしかった。
食事を終え、窓から顔を出して草原の匂いをかいだ。とても気持ちが良かった。ふと見ると、列車の屋根にはたくさんの人が乗っていた。Barのおじさんに聞いたら、そうすれば切符を買わなくてもいいらしい。とはいえ、炎天下にさらされ続けるその旅は、草のにおいがどうとか言っている場合ではないかもしれない。ビールを飲みながらのんびりしているのと比較して、複雑な気持ちになった。

次の駅に到着した。自分の座席に戻るために食堂車から降り、今度は後方に向かって線路を歩いた。ダカールから離れるにつれて、どんどんお客は減るだろうと思っていたのだが、隣国マリまで行商をしにいく人が多いらしく、大きな荷物や品物を担いだ客で、列車は常にほぼ満員だった。
自分の車輌に乗り込み、席に戻った。「どこに行ってたんだ」と、隣の席の憲兵隊のお兄ちゃんが心配してくれていた。扉が開かないので駅に到着するのを待っていたんだと説明したら、コツがあれば開くらしいことを教えてくれた。

いつの間にか日は傾き始め、夕方の森林地帯をすすんでいる。
目的地到着時刻をすでに過ぎているし、地図を見ながらなので、目的地がそう遠くないことはわかっていた。
僕は地図を見ながら旅をするのが好きだ。列車は地図の記号どおりに森林地帯から草原地帯に抜けて走る。ただ、山あり谷あり鉄橋トンネルありの日本の列車と比較すると、いくら走ってもほとんど変化の無い景色なので、アフリカは広いなあとつくづく思ってしまう。

最後の森林地帯を抜け、景色は草原になった。
まもなく到着だ。町らしきものが遠くに見えてきた。
目的地クンゲルの駅は駅の周りに大きな木が生えているので、遠くから駅に近づいていくと平原に木のトンネルがあるように見えた。
隣の席の憲兵隊のお兄ちゃんに別れを告げ、線路に降りた。クンゲルの駅舎はこじんまりとしているが、周りに大きな木の生えた、静かな町だった。
辺りはもう薄暗くなっていた。馬車が列車の乗降客待ちをしていたが、利用する人はいないようだった。
列車が汽笛を鳴らして動き始めた。明日の朝には国境を越え、バマコまでの旅を続ける列車を見送りながら、いつか行ってみたいなあと思った。
列車の旅をまた一段と好きになった。





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